餅の誤飲リスクの検証 (コロナとの比較を添えて)

コロナと比較される餅

時節柄、時折このような書き込みを見ることがある。

死者数: 餅 > コロナ だからコロナはただの風邪だ。危険じゃない。 餅は1月だけで1300人殺してるから危険。

色々とツッコミどころがある。 まず、餅の誤飲は感染しない。誤飲の死者数はほとんど増減しない。 餅の致死率がそこまで高くない。などと、コロナと比較できるような要素はまったくない。

しかし、今回の検証は餅は1月だけで1300人殺しているという箇所だ。 これは信じられないほど高いと思うし、感覚と合わないため調べてみた。

また、調べた限り、餅は大して危険でもなかった。 そのため、餅が危険といった言説は信用できないし、どのデータを見てその結論になったのかが全くの謎。 自分の他にそれを主張している人もほとんど居なかったため、ここに記す。 (一人だけ居た)

なお、餅による死者数は被害の集中している1月で250~400人であり、年間を通じても窒息死全体の1割程度で9割は別の要因であることがわかった。

餅の誤飲による本当の死者数

死者1300人の出どころは、消費者庁のレポートだが、これは誤飲全体の死者数である。 (https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/release/pdf/170106kouhyou_5.pdf 現在は書類が差し替わってアクセスできない)

同じ図を(https://news.yahoo.co.jp/byline/nakayamayujiro/20171229-00079863/)から転載させてもらう。

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月別の窒息者の死者数

12月、1月、2月の死者数が突出して高いことがわかる。1300人の根拠はこの1月分の死者だろう。 ただ、これは餅は1300人も殺していないことも意味している。なぜなら、これは窒息の死者数でありすべての原因を合わせた合計の数だからだ。 餅の個別の件数はこのグラフからはわからない。

次に、読売新聞のこの記事(https://mainichi.jp/articles/20200621/k00/00m/040/029000c)の記載から。

11年間の平均で1月1日の死者数が71人と最も多い。同じく2日が55人、3日が45人と続いた。(中略) 研究チームは正月三が日に死者が多いことから、原因は餅だとみているという。

餅や他の原因の窒息死は正月三が日で171人となる。また、12月、2月の死者数1000人からベースラインは33人程度となる。 つまり、餅での死者数は33人からの差である 171-33*3 = 72 人程度の窒息死を正月三が日だけで引き起こしているようだ。 これは、統計的に十分に検出可能な数である。1日あたりの誤飲事故が33人から71人になったら救急隊員の人は統計を使わずとも体感でわかるだろう。

このような計算ができる理由は餅の消費形態が特徴的だからだ。 餅の消費形態は季節性が強く、12月の売上は他の月の4倍程度である。(http://www.omochi100.jp/kokusan/data.html)

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餅の月別購入料の推移

12月、2月は餅はあまり消費されず1月でだけ大量に消費するからだ。 つまり、1月の死者数と12月、2月の死者数を比較すれば餅の死者数を見積もることができる。

推定される正月三が日に起こる餅による窒息死の死者数は72人となるが、これはどの程度あっているのかを他の角度から見てみよう。 月別の死者数で、12月、2月の死者数は1000人程度だから、1月の増加分がすべて餅の売上増による死者数の増加と考えると300人が餅の売上増による窒息死となる。 12月は他の月と比較して4倍の餅の売上があり、それが1ヶ月で消費され、その差分の3ヶ月分の餅のによる死者数が300人と考えると、400人が見積もられる餅の死者数の最大値だ。 ( 300 * 4/3 = 400 ) 大体あっているという感触が得られる数字だ。大きく離れてないがぴったりあっている訳でもない。 正月三が日だけで餅による窒息死は72人だけだが、1月(30日)では多くとも400人で、実際は250人程度だろう。 というのも、1月まで増加傾向、2月から下降傾向になるため、その影響を考慮すると12月のなしの死者数は1050~1100人になると思われるためだ。

いずれにせよ、このように計算した死者数は非常にそれっぽく、他の証拠(月別死者数、正月三が日の死者数、餅の月別売上)と矛盾していないことがわかるだろう。 逆に言うと、これ以外の数値は上記のうちのどれかに矛盾することを意味する。 例えば、餅を12月~2月に食べているといったような主張も可能だが、わざわざ餅を買ってから正月の1ヶ月後に食べる理由がわからないし、正月前に餅を食べるのもかなり不自然で多数の人がそれをしているとは仮定できないだろう。

餅のリスクとその他の食べ物

ここまでは、餅の死者数が予想以上に少ないことがわかったと思う。 それでは、その他の食べ物と比較してどの程度か、窒息死全体からみて餅はどの程度危険があるのかを見積もる。 ここに消費者庁のリリースがある。(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_009/pdf/caution_009_181226_0001.pdf)

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自己要因別に見た高齢者の「ものが詰まる等」事故による救急搬送者数(平成28年

これは、高齢者の救急搬送者数で、先程の窒息死の死者数とは少し違うが関連性がある数値だ。 これを見ると、事故要因第一位が”食べ物ではあるが詳細不明”というのがわかる。これに関しては後に考察を行う。 次に、2位は、餅ではなくおかゆである。しかも、3位の餅の2割ほど高い。 一般的なリスクの計算方法は、(事故確率、毒性) * (回数、曝露量) = (リスク) となっている。 (1-事故確率)回数でも良いが、事故確率がかなり小さい場合、どちらで計算しても結果があまり変わらない。

この救急搬送者数では、餅は危険とは言えないだろう。 おかゆは年間を通じて食べるため、事故確率が低いがリスクが高いと言え、餅は年間の限られた期間でしか食べないのでリスクが若干低い。 また、4位、5位のご飯、肉もリスクとしては餅とほぼ変わらない。 1年で3日間注意が必要な食べ物(餅)と、1年中食べている食べ物(おかゆ)との比較では、バイアスがあり餅が危険であるように思うが、実際は違いおかゆの方が被害が大きい。

ところで、事故要因第一位の”食べ物ではあるが詳細不明”というのが、餅を含むと仮定すると、 救急搬送者数での餅のシェアは、88/(110+88+79+76) = 25 % となって大したことはない。 さらに、第一位が餅を含まないと仮定すると、 餅のシェアは 88/(424+110+88+79+76) = 11 % となっている。 私はこちらの方が可能性が高いと思っている。なぜなら上記の様に餅は被害が正月三が日に集中するし、食べ合わせるものが限定されている。 つまり、寿司や焼き肉と餅といったような組み合わせが少ないように思うからだ。

なお、発生月別に見た餅のシェアがリリースに記載されており、そちらでも餅のシェアは10%程度である。

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発生月別に見た高齢者の餅の救急搬送者数でのシェア(平成28年

また、この救急搬送者数でのシェアの傾向がは、餅の売上との傾向が一致していることと、窒息死の傾向とは一致していないことに注目して欲しい。 1月の発生件数は12月や2月の発生件数の2.5~3.3倍となっていて餅の売上(12月は11月の4倍)でかなり一致しているが、窒息死の死者数は1050(12月)と1300(1月)で2割しか上がっていない。 これは、窒息死の傾向として餅が大きな影響を持っていないことを意味している。 最も件数が多いはずの1月ですら30%程度 (!)であるから当然であろう。 また、この30%が窒息死者数と直接的に関連していると仮定すると、餅が原因の窒息死者数は390人となる。おおよそ(上記の計算で算出された値は、250-400人) やや大きめに出ているが、矛盾はしない。

また、このようなデータもある。(https://news.yahoo.co.jp/byline/nakayamayujiro/20171229-00079863/)

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発生月別に見た高齢者の餅の救急搬送者数での件数(過去5年間)

こちらも先程と同様で、餅の売上とは一致するが、窒息死の傾向と一致していない。

餅より危険な要因

ところで、個々の食べ物よりもよりおそらく危険な要因がある。 7月の死者数は600人で、寒くなるにつれ死者数がゆるやかに増え、1月は1300人程度とピークを迎えており、暖かくなるにつれ死者数が減っている。 つまり、永遠に7月が続けば窒息死者数は年間7200人に抑えられる訳だが、実際には1万人程度の死者数であり、差の2800人の窒息死が何によって引き起こされたのか全くの謎である。 これは、餅の年間を通じた死者数 400 + 100*11 = 1500人よりも大きい。 この毎年、誰にも気付かれないように2800人を殺している犯人は、おそらく特定の食品ではない。 例えば、クリスマスケーキのようなものが窒息死を引き起こすのなら12月のみに急激に増加するだろうがそのようなものではない。

また、これは季節の影響だろうが克服可能なものだと考えている。 例えば、寒い季節は寒さによって食品の硬さが増し、詰まりやすくなる。のどが乾燥したため嚥下に失敗する。などだ。 私は前者は可能性が低いのではと思っている。 というのも、寒い季節は温かいものを食べたいだろうから、12月,1月,2月の窒息死の死者数は減るだろう。死者のピークは春と秋の2回ピークがあるはずだ。だがそれは見られない。 また、のどが乾燥したためというのは説得力がある。しかし、こちらも”食事の前に水/茶を飲む"などで予防可能なのではないかと思う。 回避不可能な季節の影響というのは、夜の長さ、といったような人間が回避不可能なもので、例えば、温度、湿度などは人類が調節することが可能だ。

季節の影響を回避するだけで死者数が2800人(餅を考慮すると2500人程度)減るだろうし、十分実現可能だ。我々はすでに7月を何度も経験しているためだ。

本当は、オーストラリアやニュージーランドの窒息死の死者数を調べたかったのだがデータを見つけられなかった。 興味のある人は他の国のデータを探して比較しても良いだろう。

質の低い情報提供

ところで、これを書いたのは質の低い情報が氾濫しているためだ。素人も専門家もファクトのチェックがややゆるい。 だから、これは逆に言うと参考にすべきではない専門家とどのように情報を使用するのかを見ることができる。

また、餅への注意喚起は逆効果になる可能性がある。 使える予算が限られているため、餅の注意喚起の代わりにおかゆの注意喚起をした方が死者数が減るだろう。 この時、餅の注意喚起は実質的におかゆの注意喚起を減らすため死者数を増やす効果に配慮しなければならない。(予算が同じなら当然そうなる) したがって、科学者ができることは適切に情報を整理し、発表することだけだろう。 どうしても餅を食べたい人に食べることをやめさせる必要はないし、コストがかかって結局逆効果だろう。

  • 消費者庁 : 御注意ください、高齢者の窒息事故!-お正月の餅の窒息に注意-
    (https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_009/pdf/caution_009_181226_0001.pdf)
    先程も見たように、1月ですら餅の窒息は30%であり、残りの70%は餅ではない。統計的にも正月三が日しか増加もない。 かつ、救いがないのはそのリリースには原因の多くは餅ではないというデータ(1月の高齢者の救急搬送者の原因が餅である比率が30%、言い換えると残り70%は別の原因)があるにもかかわらず、餅に注意喚起を行っている。 データを解釈する能力も全くなく、正しい数値から間違った結論を導く能力しかないようだ。 これでは窒息死者数をへらすこと等とてもできないし、誤った知識で逆に死者を増やす可能性すらあるので注意が必要だ。

  • 医師 富家孝 : 1月の窒息死者数は1300人……主犯はお餅!? (ヨミドクター)
    (https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20191217-OYTET50009/)
    先程も見たように、主犯ではない。あえて言うならおかゆとご飯である米だろうか。シェアがおそらく40%を超えるためだ。
    この記事もそうなんだが、なぜ餅が危険か、どうすれば良いのか等を書いているがほぼ意味がない。 これも先程の懸念のようにおかゆの注意喚起をすべき所で餅の対処法等を記載しているため、実質的におかゆの注意喚起を減らしている。 誤った知識が広まった場合、このように本当に危険なものの注意がそれるため誤った知識の被害が大きい。

  • 医師・公衆衛生学修士 中山祐次郎 : おもちによる窒息死を減らすために 毎年1月は1300人の窒息死亡者
    (https://news.yahoo.co.jp/byline/nakayamayujiro/20171229-00079863/)
    データ解釈が誤っているため救いがない。しかも医師で公衆衛生学修士らしい。さらに救いがない。 先程見たように、月別窒息死者数と餅による救急搬送者数を見てなんで2つが関連していると思えるのかが全くの謎。 これを餅が原因で被害が増えてるって言えたら何が原因であっても○○が原因と主張できる。全く意味がない。 餅の原因が増えているのはわかるが、それだけでは意味がないどころか害の方が大きい。 どの程度の比率か?、全体からみてどのような比率か?の方がかなり重要で、”増えています”だけでは全く意味がないどころか害の方が大きいので発表しないほうが良いでしょう。

    1995年、イギリスのcomettee on safety of medicenes (CSM)は避妊薬が血栓のリスクを100%増加させると発表したが、実際は1/7000から2/7000になっただけだった。 しかし、この間違ったニュースにより数十万人の女性が避妊薬の使用をやめた。1年後、このニュースはかなり問題となった。 13000人の10代の望まぬ妊娠を引き起こしたからだった。
    この事例と今回の記事は何か違いがあるでしょうか?全くありません。 出生数と比較すると餅の売上は政府の注視している数値ではないので、問題になっていないだけです。

  • 医師 消化器外科専門医 山本健人 : 1月に集中する「不慮の窒息」、毎年1300人超が死亡 餅の窒息事故や小児の誤飲どう防ぐ?
    (https://news.yahoo.co.jp/byline/yamamototakehito/20191231-00156481/)
    上で見たように、餅は大きな原因ではない。ここでもデータ解釈が間違っている。 餅の救急搬送者数が12月1月で半数以上であれば、窒息死者数もそのようになっていなければならない。 窒息死者数は我々が注意喚起をする上での論理的な根拠となっているためだからだ。 死なない行為を注意することは今の状況ではあまり良くなく、同じ予算を投じるなら死ぬ行為を注意しなければならない。便益を最大化させるためだ。
    そりゃ小児の誤飲に関しても注意はするが被害はそれだけなのかを常にチェックしなければならない。 例えば、誤飲よりも車内に放置してしまう事故の方が多ければ、そちらにより注力した方が効率が良いだろう。 だから、"多い"といった曖昧なものではなく、件数がどれくらい増えるのか?他のリスクと比較してどれくらい多くなるのか?などがないと参考にしようがない。 窒息者数に関しては、高齢者の死因の上位に位置するため十分に考慮すべき範囲である。

  • コメディアンめしだ : 衝撃の事実!お餅がコロナウイルスよりも危険説
    (https://note.com/meshidanote/n/nb06ff6baf38f)
    ここからは一段とエクストリームになってくる。全く笑えない。 この記事ではコロナとお餅の死者数を比較しているが、そこで出てくる記述がこれ。

    2020年1月にお餅を喉に詰まらせての窒息死亡者は1300人 (すべてがお餅とは断定できないが)

    どうなってるんだ?1行後に矛盾が発生して日本語が不自由な方なのだろうか?
    先程言ったように、1月のお餅の死亡者数は多くとも400人程度なので、8月現在、既に追い抜かれている。 大多数の人が予想したようにコロナはお餅よりも危険で、これがどこまで増えるのかが未知数である所が非常に怖い。 お餅なら1月に被害が集中しているため8月9月で被害が増えようがないが、コロナは全くの未知数でどのくらい犠牲者が増えるかわからない。 すでに、アメリカでは現時点で、死因top10に入って、ガン、心臓病の次あたりになってくると思う。 ガンと同じくらい危険な病気が1年で蔓延するというのは率直に言って怖すぎる。

まとめ

これで、変な人が主張している1300人が荒唐無稽であることがわかる。 ただ、このような人は何を言っても無駄だろう。数値が5倍になっても違和感を感じない人は本質的には数字を気にしていないし、実際グラフも読めていない。 なんで窒息死全体の死者数が餅と関連すると考えちゃうのかなー しかも、悪い事に、これ数値を出したのを消費者庁が計算してることになってる。誰もそんなこと書いてない。 勝手に数値作ったらだめだわ。

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餅とコロナの死者数の比較

利益相反

著者は、公衆衛生学や疫学分野であまりにデータ処理、データ解釈、統計的処理、論理に関する誤りを見つけてしまうため、これらの学問に対して否定的なスタンスを取っている。